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4-10 緊迫した時間のエレベーターで 2

last update Last Updated: 2025-05-13 08:43:59

——ピンポーン

突然インターホンが鳴り、朱莉はビクリとした。

「え……? こんな夜に……もしかして明日香さん?」

明日香とは昨夜もメッセージのやり取りをしていたが、今夜はまだだった。ひょっとすると自分を訪ねてきたのだろうか? そう思った朱莉は急いでドアアイを確認して驚いた。

「え? しょ、翔先輩!?」

朱莉は急いでドアを開けると、翔は切羽詰まったように言った。

「突然訪ねて、すまない」

そしてドアに鍵を掛けると朱莉に向き直る。

「いいか? 朱莉さん。落ち着いて聞いてくれ。さっきエレベーターで京極正人に会った」

「え!?」

朱莉の顔が青ざめる。

「あいつは朱莉さんがこの部屋に住んでいることを知っているのかい?」

「まさか……! ここへ来たことも無ければ部屋番号を教えたこともありませんよ?」

朱莉が目を見開いて話す様子を見て翔は思った。

(そうだ……朱莉さんがあの男と通じ合ってるはずはない。朱莉さんはそんな女性じゃないからな。だから俺は彼女を偽装婚の相手に選んだんだから……)

「そ、それで……京極さんがどうしたんですか?」

朱莉は身体を震わせながら尋ねた。

「朱莉さん……? 随分震えているが……もしかして京極が……怖いのか?」

「あ……」

翔の問いに朱莉は俯いた。ギュっと握りしめられた小さな手は……微かに震えている。

「朱莉さん」

翔は朱莉の震える手をギュッと握りしめた。

「え!?」

朱莉は初めて手を握られ、驚いて顔を上げた。

「朱莉さん、正直に答えてくれ。京極と何かあったのか……?」

翔は真剣な瞳で朱莉を見た。翔は京極と朱莉の間に何かあったに違いないと確信していた。だが、朱莉の怯えようが不思議でならなかった。

「何か脅迫でもされているのか? それともストーカー被害にでもあっているのか?」

翔はますます朱莉の手を握りしめる力を強める。

「脅迫……はされたことはありませんけど……」

そこまで言いかけて朱莉は思った。

(ひょっとすると私が今まで京極さんを恐れていた本当の理由は、神出鬼没で私の前に現れてきたからなの? でも、沖縄の話を出せば航くんのことも翔先輩に知られてしまうかもしれない。航くんとは翔先輩が考えているような中では無かったけれども仮に浮気を疑われたりしたら……ペナルティが……)

だから京極のことは口に出来ないと思った。

「京極さんとはたまに億ションの外で会って
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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-14 翔の質問 2

    「あ、ああ。そうなのかもしれないけど……ほら、色々あるじゃないか。安全性に問題は無いかとか、同じ物を持っているだとか……」何故か慌てふためくように話す翔を見て朱莉は思った。(翔先輩って、こんな一面があったんだ。私の知る先輩はいつも冷静で隙が無いタイプに見えていたけど……)**** 食事が終わり、朱莉がキッチンで食後のコーヒーを淹れている時にリビングからやってきた翔が話しかけてきた。「朱莉さん……。実は聞きたいことがあるんだけど……」「はい、ではコーヒーを淹れたら伺いますね。どちらで飲まれますか?」「あ、ああ。それじゃダイニングで飲もうかな?」「はい、では少しお待ちくださいね」「お待たせしました」朱莉がトレーに2人分のコーヒーと小粒のクッキーを乗せて運んできた。「ヘエ……これは又可愛らしいサイズのクッキーだな。1円玉位の大きさかな?」「はい、そうなんです。このコーヒーを買った時にレジの横で売っていたんです。きっとコーヒーと相性が良いのだと思って買ってみたんです。もしよろしければ食べてみて下さい」「うん、ありがとう」翔は早速クッキーを一粒口に入れてみた。バニラの香りと程よい甘さで口溶けの良いクッキーだった。「どうですか?」朱莉は不安な気持ちで尋ねると、翔は笑顔で答えた。「うん。美味しいよ。朱莉さんも食べてみるといいよ」「はい、いただきます」朱莉は一粒手に取り、口に入れて嬉しそうに顔を綻ばせた。「本当……美味しいですね」朱莉の様子を見ながら翔は思った。(朱莉さんは明日香とは全く真逆のタイプなんだな……。考えてみれば明日香と一緒にいた頃はどこかギスギスした雰囲気が常に俺達の間に流れていた気がする。こんな風に穏やかな気持ちでいられたことは今まで無かった。やはり子育てをしていく環境としてはこういう雰囲気がいいんだろうな)気付けば、翔は朱莉とこのままずっと夫婦として暮らす幻想を抱いていることに気付き、慌てて打ち消した。(馬鹿な……何を考えているんだ? 蓮は明日香が産んだ子供だぞ? 俺達の問題は何一つ解決していないと言うのに、何を考えてしまったんだ?)「翔さん? どうしましたか?」「あ……い、いや。何でも無いよ」「先程私に話があると言っていましたけど……?」「あ、ああ。そうなんだ」翔は意を決したようにじっと朱莉を見つめる。

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-13 翔の質問 1

     翔は持参して来たPCを開き、京極正人のことについて調べていた。(あの男……この六本木の億ションに住んでいると言うことは相当地位が高い人物に違いない。一体何者なんだ……?)京極正人と言う名前はネット上に溢れかえっていた。それを1つ1つしらみつぶしに探し、1件該当する人物がヒットした。(この男かもしれない!)翔はそのページをクリックした。「京極正人……リベラルテクノロジーコーポレーション代表取締役か。やはりな……」翔は次にリベラルテクノロジーコーポレーションについて検索を始めた。「IT産業部門の経営者か……。年齢は……30歳。大学2年の時に設立した会社なのか。中々やるな……。自社ビルは最近建てたばかりのようだな……。え?」そこで検索する手を止めた。「そ、そんな……嘘だろう……?」翔は絶句して手を止めた——****——17時過ぎ「ただいま戻りました」朱莉が玄関を開けると、丁度翔がリビングで蓮のミルクをあげているところだった。「ああ。お帰り、朱莉さん」笑顔の翔に朱莉は驚いた。「うわあ……やっぱり改めてそういう姿を見ると本物のパパだなあって改めて感じました」「ハハハ……そうかい? それは大分板について来たってことかな?」「ええ、そうですね。この調子なら……」朱莉はそこで言葉を切った「え? どうしたんだ? 朱莉さん」「い、いえ。何でもありません。私、手を洗ってきますね」朱莉はコートを脱ぐと、ハンガーにかけて洗面台へ手を洗いに行った。そして戻って来ると翔に声をかけた。「翔さん、蓮ちゃんのミルクが終わったら一緒に食事をしませんか?」「ああ、いいね。丁度お腹が空いて来た頃だし……お願いしようかな?」朱莉は笑顔で答えた。「はい、すぐ用意しますね」キッチンに立って食事の準備をしながら思った。(不思議だな。以前の私だったら、翔先輩と話なんて簡単に出来なかったのに。翔先輩のことが恥ずかしかったり……時には怖いこともあったりして。でも、今は……)朱莉は心の変化が何から来ているのか、まだ自分自身良く分かってはいなかった――****「うん。このカレーすごく美味しいな」2人でダイニングで向き合って食べながら、翔が感心した。「そうですね。やはり調理器具のお陰でしょうね。凄く重宝しているんです。買って良かったなって改めて思いました」

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-12 遅すぎた置手紙 2

    ——15時 朱莉の部屋のインターホンが鳴らされた。ドアアイを確認するとそこに立っていたのは翔で、手には紙袋を持っている。「こんにちは、翔さん。今日もどうぞよろしくお願いします」玄関を開けると、朱莉は頭を下げた。「ああ、いや。とんでもない。俺が蓮の面倒を見るのは当然のだから、気にすることは無いからね。ところで朱莉さん。あの後何も無かったかい?」真剣な表情で翔は朱莉に尋ねてきた。「え? 何も? それは一体どういう意味でしょうか?」「い、いや。京極が連絡を入れて来たり、この部屋にやってきたりしなかったかと思って」「いいえ、そのようなことは一切ありませんでした」「そうか……」翔は憔悴しきったように溜息をついた。朱莉はその様子が気になり尋ねた。「どうかしましたか? 何だか随分お疲れの様ですけど。もし体調が悪いのでしたら本日はお休み下さい。母の面会は明日でも大丈夫なので」「いや、大丈夫だよ。だから朱莉さんはお母さんのお見舞いに行って来て構わないからね。それで……お母さんの面会が終わって帰ってきた後、少し話があるんだけど……構わないかな?」「ええ。大丈夫です。実は翔さんに食事を食べて行っていただければと思って、もう料理出来ているんです」朱莉の言葉に翔は目を細めた。「そうなのかい? 何だか悪いね。逆に気を遣わせてしまっているようで」「いいえ、そんなことはありません。それでは出掛ける準備をしてきますね」朱莉が自室へ入って行くと、翔はベビーベッドを覗きこんだ。そこには蓮が両手を握りしめながらぐっすりと眠っている。その様子を見ながら翔は思った。(明日香……蓮のことどうするつもりなんだよ……。本当にこのまま終わりにするつもりなのか?)——14時半玄関に朱莉と翔の姿があった。「すみません。翔さん、それでは行ってきますね」「ああ、行ってらっしゃい。ゆっくりしてきて構わないからね?」「ありがとうございます」朱莉はペコリと頭を下げると玄関を後にした——**** 病院のベッドの上で、朱莉の母——洋子は神妙な面持ちでスマホを眺めていた。その時、個室のドアがノックされて、朱莉の声が聞こえてきた。「お母さん、私よ」朱莉の母はスマホの画面を消すと返事をした。「ああ、朱莉ね。どうぞ中に入って?」するとドアが開いて朱莉が顔を覗かせた。「お母さん、

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-11 遅すぎた置手紙 1

     翌日、8時―― 京極のことが頭から離れず、翔はろくに眠れなかった。寝不足状態のままベッドから起き上がると、頭をすっきりさせる為にバスルームへむかった。熱いシャワーを頭からかぶりながら、昨夜の京極との会話を思い出していた。(あの男……ここに住んでいると言うことはかなりの地位を持つ人物だ。何故あいつは俺をまるで目の敵のような目で見ていたんだ? 朱莉さんに随分執着しているように見えたが……ストーカー行為をしていたのだろうか? それに朱莉さんも何だか様子がおかしかったな……)翔は溜息をつくとシャワーを止め、バスタオルで髪や体を拭うと着替えをした。バスタオルを他の洗濯物と一緒に洗濯機に放り込むとキッチンへ移動した。まず野菜や果物、ヨーグルトをミキサーにかけ、スムージーを作った。次に鍋にオートミール、塩に牛乳を加えて煮詰めると皿に盛りつけ、メープルシロップを添えるとテレビをつけ食卓へ座った。経済ニュースを見ながら黙々と食事を続け、ダイニングからチラリと窓の外を眺めた。(今日はいい天気だな……。布団でも干して掃除をするか)家事が苦手な明日香と違い、翔は得意だった。料理をするのも掃除をするのも別に嫌いではない。ただ、忙しさにかまけて明日香と暮している時は家政婦にたよりがちだったが、明日香が出て行ってからは家政婦も呼んでいない。蓮の子守りの時間は15時からとなっている。それまでは後数時間は余裕がある。(何もしないでいると京極を思い出してしまう。家事をして身体を動かしていると無心になれるからある意味気分転換になれそうだ)食事を終え、使い終わった食器を食洗器に入れるとすぐに翔は部屋の掃除を始めた。布団をバルコニーに干すと、部屋中の窓を開けてはたきをかける。そしてロボット掃除機を使い、その間に整理整頓をしていると、ふとソファの下に何か紙切れの様な物が挟まっていることに気が付ついた。しゃがみ込んでメモを拾い上げ、中を見て翔は目を見開いた。そのメモは明日香からのメモだったのだ。中身を読み上げ、顔色を変えた。(そんな……! もう8日も過ぎている!)翔は力なくソファに座り込むと、力なく笑った。「ハハハ……今度こそ……もう終わりかもしれないな……」**** 一方の朱莉は朝から夜ご飯の仕込みの準備をしていた。最近保温鍋調理器具をネット通販で買ったのだ。蓮の子育てをし

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-10 緊迫した時間のエレベーターで 2

    ——ピンポーン突然インターホンが鳴り、朱莉はビクリとした。「え……? こんな夜に……もしかして明日香さん?」明日香とは昨夜もメッセージのやり取りをしていたが、今夜はまだだった。ひょっとすると自分を訪ねてきたのだろうか? そう思った朱莉は急いでドアアイを確認して驚いた。「え? しょ、翔先輩!?」朱莉は急いでドアを開けると、翔は切羽詰まったように言った。「突然訪ねて、すまない」そしてドアに鍵を掛けると朱莉に向き直る。「いいか? 朱莉さん。落ち着いて聞いてくれ。さっきエレベーターで京極正人に会った」「え!?」朱莉の顔が青ざめる。「あいつは朱莉さんがこの部屋に住んでいることを知っているのかい?」「まさか……! ここへ来たことも無ければ部屋番号を教えたこともありませんよ?」朱莉が目を見開いて話す様子を見て翔は思った。(そうだ……朱莉さんがあの男と通じ合ってるはずはない。朱莉さんはそんな女性じゃないからな。だから俺は彼女を偽装婚の相手に選んだんだから……)「そ、それで……京極さんがどうしたんですか?」朱莉は身体を震わせながら尋ねた。「朱莉さん……? 随分震えているが……もしかして京極が……怖いのか?」「あ……」翔の問いに朱莉は俯いた。ギュっと握りしめられた小さな手は……微かに震えている。「朱莉さん」翔は朱莉の震える手をギュッと握りしめた。「え!?」朱莉は初めて手を握られ、驚いて顔を上げた。「朱莉さん、正直に答えてくれ。京極と何かあったのか……?」翔は真剣な瞳で朱莉を見た。翔は京極と朱莉の間に何かあったに違いないと確信していた。だが、朱莉の怯えようが不思議でならなかった。「何か脅迫でもされているのか? それともストーカー被害にでもあっているのか?」翔はますます朱莉の手を握りしめる力を強める。「脅迫……はされたことはありませんけど……」そこまで言いかけて朱莉は思った。(ひょっとすると私が今まで京極さんを恐れていた本当の理由は、神出鬼没で私の前に現れてきたからなの? でも、沖縄の話を出せば航くんのことも翔先輩に知られてしまうかもしれない。航くんとは翔先輩が考えているような中では無かったけれども仮に浮気を疑われたりしたら……ペナルティが……)だから京極のことは口に出来ないと思った。「京極さんとはたまに億ションの外で会って

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